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趣味のお人形写真が予告なく記事本文内に表示されることがあります。
苦手な方には申し訳ないのですがご容赦ください。
それから、ごく稀にTwitterのまとめ投稿に
あとから誤字脱字の訂正などをいれることがあります。
あしからずご了承ください。
意味がわからなくても(なんだか)こわい話。

毎年このくらいの時期になるとなんとなく思いだすのですが、学生のころ、都内で暮らしていたひとり暮らしのあたしの部屋に前の居住者宛のダイレクトメールが届いていたことがありました。

それ自体はあまり不思議なことではありません。ちょっとお買い物をしたり、お取り寄せをしたお店からダイレクトメールが届くようになることはよくありますし、前の居住者が郵便局に転居届を出しわすれていたら、お知りあいや親しい方には転居はがき等などであたらしい住所をお知らせする機会があってもダイレクトメールを送って寄越すような業者さんにはお知らせが行き届きません。で、まあ、そんなふうに間違って届くお手紙を、ダイレクトメールとはいえ手許に置いておくのもなんだかなあ……と思って、都度つどあたしは管理人さんにわたしていたのですね。

新居に越してきてからひと月ほどたったちょうど今ごろのある日、あたしが帰宅すると留守電に知らない声のメッセージが残っていました。要約すると「○○(社名)の××です、△△さんのお宅でしょうか?先日のお問い合わせの件ですが、あらためてご連絡さしあげます」て感じのメッセージ。△△さんって、間違いダイレクトメールの置き土産を残していった前居者のお名前だったので、あーまた間違い、郵便のみならず電話もか、どうしたしたもんかな……と思ったのですけれども。

けれども。

この電話番号さ、あたしのじゃん? 転居したばっかでランダム抽出されたいくつかの番号からあたしが勝手にえらんだ生まれたての真新しい番号じゃん? 前のひとは当然違う番号だったはずだし、もし、番号案内とかで調べるにしても住所は兎も角、あたし、△△さんではないわけですよ。問い合わせなりなんなりした時点で今はもうすんでるひとが違うってわかるじゃないですか。かといって、その間違い電話、もとい、留守電メッセージはそれきりだったので別段ピザ屋に注文を乱発する式の嫌がらせなんかで前居者さんのお名前であたしの番号を誰かが騙っているわけでもなく……。

いまだにあのときの謎が解けません。

| 徒然 | 15:15 | - | - | pookmark |
最近のあたし。

1ヶ月くらい前、コンタクトレンズをジョンソン&ジョンソンの使い捨てのソフトから東レさんのフィットというハードコンタクトに切り換えました。

高校生のときにはじめてつかったコンタクトはハードだったんですが、たぶんそのころ、レンズの素材自体がまだそんなに柔軟ではなくて、ガチガチに固い素材しかなくてってのと単純に体質的に相容れなかったのもあって痛くて痛くてとてもじゃないが使用にたえられん……というのを他人様に逢いにゆくとか写真を撮るとか裸眼で気張る必要、というか見栄をはる必要のあるときに限ってめがねと併用でつかっていたのです。が、やっぱなー、痛いのよほんとに。当時のあたしはコンタクトを使用するにはもうちょっとでNGだしますよ、と眼科医に言われるほどのめちゃくちゃなドライアイ(なにせ涙量が平均の1/3もなかった)でちょっと目を酷使していたときにコンタクトで出かけたらエレベータを降りた「衝撃」でコンタクトがポロッと落ちた、という都市伝説のような実話までもっているわけですよ。そんなだから、日常的にはずっとめがねだったし、見栄をはりたいときは使い捨てのソフトを使っていたわけです。

使い捨ては使い捨てで便利なの。あたらしいレンズを買いにゆくときに都度つど検眼できるから度数は常にあっているしね。よく言われるように2週間でも、デイリーなら尚更、レンズは清潔だし。紛失しちゃってもスペアがある。旅行にゆくときとかもハードと違ってケア用品を持って歩く手間がかからない。便利。

たしかにメリットあるな、便利だな、と思ってあたしもソフトをつかいつづけていて、まあ、そのあたりは装用感の好みとかライフスタイル的に便利な方をえらべばいいと今でも思っているのですけれども、ほんとうは目の負担をかんがえるのならめがねがベストだし、コンタクトならソフトよりハードの方がいい。それも事実。ハードの方が目に異常が発生したときにソフトより気づきやすくって、結果的に事態を深刻化させないですむ。

だからですね、いつも利用しているコンタクト屋さんがたまたまおやすみだったので、近くの別のコンタクト屋にいって検眼からおねがいしたらね……最近いいハードレンズがあるんですよっておっしゃるんです。東レのフィットっていうのがやわらかくってソフトに慣れたひとでも使いやすいんですよって。試着もできますよって。で、してみたらさ……すごくいいんですよ。びっくり。

ランニングコストをかんがえてもこっちの方がいい。

速攻オーダーしました。思ったよりケアも簡単になってたし。技術の進化すばらしいわ。

それで1ヶ月くらい経過したのですけれども、今のところなんの問題もなく、むしろ快適に日々コンタクトレンズですごしています。めがねはめがねでいいし、今でも3本手許にありますけれども、レンズのおおきさには限りがあるし、レンズの端っこあたりの視界はやっぱりちょっとひずみがある。ひろくてクリアな視界を確保するにはコンタクトの方がいい。

そんなわけで、現在のあたしは東レのフィットを愛しています。

あ。ちなみに現在のあたし、最近のあたしはこんなネイルです。



かわいかろう! 担当ネイリストさんに春だからってがんばってもらいました。そろそろキラキラしたものがうれしい季節になりますよね。きのうこんな感じにHandジェルをやってもらって、来週はFootジェルに行きます。サンダルの季節になるからキレイにしたい。顔の造作は整形とかしない限りどうにも出来ないし、体型も体質由来の部分とか持病があると薬の関係もあるからすぐにどうこうできるものではないけれど、メイクやファッションやネイルはがんばればすこしはなんとかしようがあるのでなんとかできる部分はなんとかしたいにゃあ、と思っているわけです。人前に出るときや他人様に逢いにゆくときだけでもね(逆にひとり歩きの外出はすっぴんでもOKですけれど、あたしは)。

で、だ。最近のあたし、上の写真で握っているエバンジェリストさんのBBクリームを愛用するようになりました(ちなみに品番はオークルの1、いちばんあかるい色味です)。便利! これべんり!! 今までコンシーラー→下地→リキッドファンデ→ハイライト的なコンシーラー→パウダーというめっちゃ手間のかかるファンデーションづくりだったのですがこれ1本で、ほんとうに1本で事足りた……。

評判は聞いていたし、いろいろなところでPRされていたから「へえ……」とは思っていたんですけれども、まあ、手許のファンデ一式残り少ないわけでもなかったし、仕上がりに不満があるわけでもなかったから、記憶にとどめる程度、だったんですね。それがたまたまこのあいだ別件でららぽーとに行ったときにポイントカードを確認したら3500円分のお買い物券と交換できるくらいポイントがたまっていたの。カードつくってからなんにもかんがえないでポイントためっぱなしだったので、こっちもまったくたまたまなんですけれども、気がついたら、けっこうなポイントがたまっていたのですよ。上にリンクはってあるのはAmazonのですけれども、店頭小売価格も4000円でちょっとおつりがくる程度なんです。ららぽーとの中にはハンズもはいっていてこのBBクリームの扱いもあったから、まあ500円程度のお買い物なら使い捨てのつもりになってもいいよねって思って買ってきたんですけど……思った以上、だったわけです。めっちゃおすすめ。

最近、すこしかんがえていることがあります。

ポジティブな話し方をしたいな、と。ネガティブな考え方をしない、リスクを配慮しないということではなく、自分にとってポジティブだからみんなにとってもポジティブだと思いこみたいというわけでも、ましてや自分にとっての是を万人にとっての是として強制や強要をしたいというわけでもなく、人間だから当然生理的嫌悪感とかNG事項というのはあるわけなんですけれども、だからって間口をせばめるものの話し方や書き方をするのはいやだな、ということです。

まあ、このあたり公私ともにちょっと複雑な問題が絡むので、一口に説明するのはむずかしいのだけれども、昨今いわれる多様性、あれがどうも微妙に誤解されたニュアンスで流通しているというか……多様である、ということとなにもかも受けいれる、ということを混同しがちなひとたちが少なからずいて、なにもかも受けいれるべき、にどこかでスライドしてしまったひとたちが逆にこれしか自分はできない、受けいれられないというひとを攻撃したりする場面にちょいちょい出くわしていて、それはなんだかな……と思ったりしているのです。受けいれられないことも多様なあり方のひとつなので、こう、何かを受けいれられるひとも受けいれられないひともお互い気分を害することなく共存できるように、気分を害する可能性のあるときはあらかじめゾーニングするとか、棲み分けをね、差別ではなく区別として、うまいことやって、せめてお互いの権利や気分を侵害しあわないよう共存できる道を模索すべきだと思うんだけど、多様なものをすべて受けいれるべき、といいう感覚のひとは、逆になにかひとつのものにこだわっているひと、視野が狭窄しているひと、自分の中の多様性をゆるがすひとを見つけるとものすごいいきおいで攻撃に転じたりもして、場合によっては集団ヒステリーみたいにひとりをつるしあげにしたりもして、そういうのを端で見たり、聞いたりするのは、それはそれではき違えしてるんじやないの? という指摘をするにも出来ない場合が多く、うーん……むずかしいのかなあ……。

だから、せめて、自分は、ひとと話すときにまず相手はどういったことを言いたいのかとか、そのひとにとってどういうことがうれしいこと、たのしいことで、逆になにがNG事項なんだろう、と気をつけながら、こっちはこういう人間なんですよってことを段階を踏みつつ打ちだしてゆきたいなあ、と、まあ、そのためには間口を狭めるような、あれもダメこれもダメ、とか、逆に自分はこれしか受けいれられない、とかいうネガティブな話し方は避けたいなあ、と思うわけです。

主体性をなくしたいとか意見のない人間になりたいということではなく、そういった人間としてそういったひとたちと共存するにはそうするしかないんじゃないかなあ、ということです。そのためには相手も相手という人間を段階を踏んで打ち出してくれる、対話や会話といったものを億劫がらないでくれる必要があるんだけども(さすがにたいしてものを話してくれないひとのひととなりを察することの出来るエスパーにはなれないじゃないですかー)。

| 徒然 | 12:04 | - | - | pookmark |
野菜がこわい(すばらしすぎて)。

そんなにご近所というわけではないのですが、あたしの比較的広い行動半径内にお住まいのエリアを持つお友だちがいます。お目にかかるときは2週にいっぺんくらい、でも体調が悪かったりいそがしかったりしてタイミングが悪いと数ヶ月会わなかったりもする、そういうお友だちです。先方は基本超絶出不精(だと思う)、会うときはあたしが彼女の地元近辺に用事のあるときに朝、メールで「きょう、そっちに行きますんで時間があったら是非〜」とざっくりとしたその日の予定をお知らせして、都合があったらごはんとかお茶とかをご一緒して……という感じ、です。まあ、メールとかは比較的頻繁にやりとりしていますが、それだってあたしのが書いてる気が、というか確実に書いてる、よ……まあ、妄言のようなメールでもたのしんでくれてはいるらしいので遠慮なく送っているわけですが。そして、妄言に返信などしようがないことをあたしも承知しているわけです。

おととい、彼女の地元の方に行くことがあったんですね。実際にお目にかかるのは下手したら暮れ以来? でした。不確かなのはメールの頻度がけっこうあるのであんまり間があいた感じがしないからです。実際その間に1〜2度お目にかかるチャンスはあったんですが、彼女が帯状疱疹やらかしたりあたしがぐったりだったりでフイになっていたんですね。で、久しぶりにおととい会って、ごはんをってことになって、彼女がオムレツ? カレー? 何かそんなプレートみたいなのを、あたしがナシゴレンのやっぱりプレートみたいなのを食べたのです。

お台所に立つ習慣のあるひとには却ってよくわからない現象だと思うのですが、あたしは時間があれば料理をするに吝かでない性格で、しかも一汁三菜40分あればいいじゃないですか、米さえ炊きあがってれば、と言う割には食に対する執着がありません。こーんなレシートでお買い物してご満悦な割には面倒になるとスリムアップスリムとかカロリーメイトとかヴィダーインゼリーとかで暮らしていけます。



ちょっとスゴかろ? このレシート。コレで相当うまい新鮮な食材を買ってるんだぜ。

いざとなったらコーヒーとたばこだけでも、いけます(倒れちゃうから何日もはしないけど)。それくらい執着がないので、彼女の自宅の方までいっても特別何が食べたいとかないわけです(一応行動半径内だから観光気分的に名物の○○食べたい、とか、ここ○○の本店ありますよね? いってみたい、にもならないし)。

知りあった当初、はじめて先方の地元でお会いしたとき、そのあたりの性格がまだ割れていなくて、彼女が車をだした直後に「もうごはん食べました? それともケーキとかの甘いモノの方がいいですか?」て聞いてくださったんですけど、「わ、わかりま……せん?」とこたえてすんごくびっくりされたことがあります。あたし、執着がなさ過ぎて、自分が何が食べたいかもわからなかったのです。ちなみに二度目にお目にかかったときはエンジンかける前に「あなたの希望は走り出してから聞いても遅い!」と言われ、そのあと彼女と長いおつきあいの方にそのお話をしたら「あのひとにつっこまれるって相当な技術ですよ……」とあきれられました。よく観察したら、彼女はつっこまれてもつっこむことのないひとでした(あたし以外には)。

閑話休題。

ナシゴレンをね、オーダーするときに、あたしは「野菜が食べたいんですよねえ……」って言ったんです。そのお店はそういうプレートランチ的なものもあればケーキもあるし、もちろんお茶やジュース類も、少しならアルコールもあるお店で、あたしがメニューを見ながらそうぼやいたのでじゃあサラダのつけあわせの多いナシゴレンにって感じでナシゴレンをオーダーしたわけです。そんでごはんしながらお茶しながら散々おしゃべりし、「野菜食べたいって言ったクセにナシゴレンしか食べてない!」とつっこまれ(食べましたけど最終的に)駅まで送ってもらい(毎度ありがとうございます)いくらかの別件を片づけ帰宅し、寝て、起きたら……だるいんですね。

あきらかな不調を感じるほどではないのですけれども、びっくりするほどだるいの。

もともとあんまり元気な人間ではない、です。しょっちゅう飛び跳ねているわけでも健脚でもない。でも、前日はほとんど丸一日で歩いているくらいには健康に支障なく、更にお友だちとおしゃべりしまくったから気分的にはテンションは上々。なのに、からだが、微妙に、だるい。

最初は歩きすぎたからかと思ったんです。電車移動だし、お車にのせてもらったりしたから実際は6000歩くらいしか歩いてなかったんですけど(最近万歩計装備です、スマホのアプリで)、まあ移動ってそれなりに疲れるから、ここんとこずっとこもっていたし、いきなりで疲れたのかなあ……と。そんなことをかんがえて、何をするにしてもだるいままでは効率よくないので多少なりともリカバリを、と昼まで寝たんですけど、起きてもだるい。うーん……と思いつつも、こういうときこそ食べないと積もり積もってからだをこわすことをあたしは知っているので温野菜をね、食べたんです。胃に負担のかからないものを、と思って。正直、外に食べに行くのも億劫だったし。

シリコンスチーマーにソーセージとににんにく、人参、アスパラ、キャベツとかを刻んで重ねたのにごま油と塩だけふって加熱すること7~8分。

食べたら。

食べたらいきなり回復しました。

えー……えー……って思って。何がどうなったのって。ビタミンだかなんだか知らないけど、(生)野菜的な何かが足りてなかっただけなの!?って。財布ひっつかんでスーパー行ってまあ、さっきのレシート内容を買ってきて……。

今、もりもり野菜を食べています。

思えばナシゴレンをオーダーするときのあの一言、何の気なしにでてきた「野菜が食べたい」、あれをめっちゃ実直に実行していればよかったのですよ。帰宅してからででも。食べたいと感じたものを食べりゃいいんです。

からだからの欲求には素直になった方がいいのだなあ、という(若干情けない)お話でした。

| 徒然 | 12:21 | - | - | pookmark |
「絆」という欺瞞。

まあ、たぶんこのタイミングを逃すと文章にすることがないと思うのでまとめておきます――あたしは昨今つかわれている文脈での「絆」ということばは欺瞞だな、と思っています。

3.11が近づくにつれ、Twitterで震災のタイミングにあわせて黙祷しろ、とか、お遊びとかおしゃべりに類する不謹慎なツイートはつつしめ/するな、とか、botを停止しろ、とか、そういうツイートがリツイートとかでまわってくるわけですよ。肯定的な意味あいでも、否定的な意味あいでも。

たとえば、慰霊式典とか追悼式典に出席しているんなら不謹慎ととられる言動は避けるべきだと思うよ? そのひとは慰霊や追悼に出かけているのだからそれに添った態度をとるのが筋でしょう。お葬式に行ったときに失礼な態度をとらないのと一緒。したくない、出来ないというならいかなきゃいいんだし。震災で亡くなった方の家族や恋人や友人や仕事場の同僚とか……まあ身近な方をなくしたひとと同席しているときにも不謹慎ととられる話題や態度は避けるべきだとは思うけど、そのあたりはTPOによるとも思う。気持ちがしずんでいるときにこそたのしい話題や日常的な会話をして気をまぎらわせたい、いつもそうであったような気持ちになりたい、というひとだっていないわけではないんだし。そのあたりは相手による、と思う。

今、つかわれている文脈での「絆」ということばが欺瞞だな、と思うのは、端的に言うと小学校とかで「クラスメイト」=「お友だち」だから「仲良くしましょう」、て図式で事を進めるPTAの欺瞞に似ている、と思うからです。

よく知らん人間と「お友だち」になどなれないよ、とあたしは思うのです。

あと、そうやって「クラスメイト」=「お友だち」だから「仲良くしましょう」で10年後、20年後も「お友だち」だった人間なんてほとんどいないよ、いてもたまたまそのひとが「クラスメイト」だったってだけできっかけにはなったかもしれないけど、別に「クラスメイト」だから「お友だち」関係を続けているわけではないのですよ、とも思うわけです。

それこそ学校でクラスが一緒になる、でもいいし、部活やサークルがいっしょになる、大学でとった講義が一緒だった、ゼミが一緒だった、就職先やバイト先が一緒だった、でもなんでもいいんだけど、何かのきっかけで知りあって、気があう、とか、話があう、趣味があう、尊敬できる、性格はまるで一致しないんだけど何故か気をつかわなくていいから腐れ縁的につづいている、とかとにかくつきあいが継続するうちに「絆」ってはぐくまれるもんだと思うのですよ。「お友だち」って関係はここでようやく実のあるものになるんだと思うのね。それまでは無難にっていうと何か語弊を生じさせるけど、要するにお互いがイヤな思いをしないよう気遣いあいながら過ごせばいいと思うのですよ。そうしているあいだに人柄とかがわかってきてつきあいの長くなる相手とはつきあいが長くなるし、ご縁のなかったひととはいつの間にか友人づきあいではなくなるもの。用事があって連絡を取り合う、とかはあったとしても、一緒にごはん食べたい、とか、仲良くしたい、とかそういったことを殊更思ったりはしない。

悲しんでるひとやよわっているひとをターゲットにして嘲笑ったり、神経を逆なでしたり、攻撃したり、そういった思いやりを欠くような言動をとるのは論外だと思う。当然、死者を冒涜するのもいけないと思う。しかし、「あたしたちはおんなじ日本に住んでいる」だから「不謹慎なツイートはつつしめ/するな、etc.」ってのは欺瞞だと思う。

まだ、震災直後とかでライフライン関係や地震や被災に関する情報のツイートをながす余裕を確保する必要があった時期ならお遊びのbotとかおしゃべりなツイートで余計なリソースを食うのはやめてくれ、サーバに負担がかかるし大勢のひとの生死に関わる情報がTLを流れていってしまってログが確認できないから、というのは理由が明確だし、それで生き死にのレベルで困るひとが実際にいたのだから必要なことだと思いますよ。

でも、慰霊とか追悼って気持ちの問題じゃない? それも、つきつめれば個人の気持ちの問題でしょ? それを何故強要されなきゃいかんのかね。ていうか、それを強要するひとに強要する資格が何故あるの? それは一体何なんだ? 死者を悼む日だから、ていうのなら、別に震災じゃなくたって毎日、日本や世界の至る所で病死や事故死や自殺でひとは死んでますよ。戦争で死んでるひとだって、いるよ? だったら、毎日、つつしめつつしめって言ってまわるの? 余計なおしゃべりすんなって言ってまわるの? お遊びのbotとめろって言ってまわるの? 戦争映画、観るなって言ってまわるの?

違うでしょ?

慰霊や追悼は気持ちの問題だし、黙祷であったり喪章をつけるとか喪服に着替えるとかいうのは気持ちの表し方にすぎない。自主的にそうやって弔意を表すのは個人の自由だし、すばらしいことだとあたしも思う。3.11に何があったかを語りあうことは後世のためにもなるだろう。しかし、それは強制的に他者に強いることではない。

そして、カタチだけ黙祷したり、喪章や喪服に身を包むくらいなら、黙祷も何もすっ飛ばしてスナッフ・ムービーを息抜きにゲラゲラ笑って放射能汚染の無効化の研究に没頭している科学者(そんなもんいるかどうか知らないけど)とかの方がずっと死者や遺族の悲しみをムダにしていないと思うし、仮にもし彼に弔意がなかったとしても、単純に放射能事故の危険性を減らせるだけでも未来のために役立っていると思う。たとえば「今はムリでもお孫さんの世代で元住んでいた土地に安心して帰れる技術が開発されましたよ」というようなことが報告できれば遺族の慰めのひとつになることもあるだろう。カタチばかりの弔意をふりかざすよりそちらの方がずっとすばらしいとあたしはかんがえる。

「絆」ということばをスローガンに「日本一丸で復興」みたいな「ポーズ」をとるくらいなら、何にも言わないで放射能に汚染されたがれきの撤去の仕方をかんがえたり、そういった汚染物をうけいれできる土地を提供したり、市民レベルなら直接政治や行政に参加することはなくても、募金とか献血とかそういったことを細く長くでも継続しているほうが、「絆」をかかげただけのパフォーマンスに満足して実質的に何もしないよりずっといい。もし、からだが弱かったり、経済的に困窮したりしていて被災地や被災された方に対する個人的な支援がムリだったら悼む気持ちを持っているだけでいいと、あたしは思う。ムリをしてまでがんばることではない。誰かを悼んだり慰めるために他のひとが苦しんだり不幸になる必要はない。本末転倒だ。慰霊や追悼、弔意はほんとうに自由なことで、その日のそのときをどう過ごすのかは個人のしたいようにすればそれでいい(と、あたしは思う)。

あれだけ「絆」を連呼していたいろいろなところのトップ(つまり主に政治や行政の人間だ)がいざ問題に直接関わろうとした瞬間に住民感情が云々と言ってさまざまなことを拒否したり、NGをだしたりした(そして、少なくともあたしは『住民の○パーセントが反対で賛成できないと判断した』『然るべき研究所からの報告によると××という二次被害が高確率で予想されるので断念した』というような理屈の通った説明を聞いたことがない。彼らはおそらくろくな調査や検討もなくそう言っている――とあたしは感じている)。

たしかに政治や行政にはそれぞれ行動の定石や理論はあるだろう。しかし、「クラスメイト」=「お友だち」なんだから「仲良くしましょう」なPTA程度の「同じ日本に住む同士」=「絆で結ばれている」のだから「協力しましょう」というようなすぐ化けの皮が剥がれるパフォーマンスなんかもうフェイクにもなりゃしないでしょうが。あんたらアホですか。だますのならせめてもっと高等なテクをおつかいなさい。だからといって肯定なんかしないけど。

そして、政治や行政や「おとな」がそういった欺瞞に裏打ちされた浅はかなパフォーマンスで満足している限り、その浅はかさに気づかないアホがおんなじ行動理論に則って「だからつつしめ」と言ってまわる不愉快な事態は避けようがない気がして憂鬱になるのです。

| 徒然 | 14:49 | - | - | pookmark |
初カレー。
ここのところずっとカレーが食べたくて、でも、COCO壱にいったりしてもなんか自分にとってピンと来る感じのカレーが食べられず、結局、朝っぱらから自前のカレーをつくっていました。しかも、寸胴とかシチュー鍋ではなく廃棄寸前の雪平鍋で。だって、その方が2〜3食分つくるにはちょうどよいじゃないですか。カレーとかシチューはテフロン鍋でもつかわない限り、どうやったっていくらかは焦げつかせてしまうし、だったら廃棄寸前のちっちゃめお鍋でいい、ていうか、むしろ廃棄寸前のちっちゃめお鍋希望です。

まさかまさかのノープランで朝からいきなりカレーを作り始めたので、鶏肉でやりたかったのになくて豚こまをつかっちゃったし、できれば素揚げにしてトッピングしたいな〜と思っていた茄子はなかったし、カレーにはゼッタイにいれるべき! といつも主張している人参すらなかったので、ホントないないづくして正直あまり期待はしていなかったのですけれども、意外とおいしいカレーができてしまったので、メモ代わりにひとりカレーのレシピを公開しておきます。

以下、ちっちゃめお鍋での本日のカレー作成方法。


  1. タマネギ1個を粗みじんにして、にんにく6〜7欠片はつぶす(みじんにする手間が惜しい。包丁の腹で押しつぶすのがベスト。手間もかからないし下手に正攻法をとるより風味が際立つ、てなんかの料理本で読んだ気がする)。
  2. ふつうのバージンオリーブオイルとレモン風味のつけられたオリーブオイル(たまたまお台所にあった)とバターを熱して1を投入。適当なところでクミン(うちのはギャバンさんのパウダーのやつ)をたっぷりめに投入。それから豚こまを投入。火が通ったところで水を足してチキンブイヨンを投入。
  3. ジャガイモの皮むきをしつつ、カットをしつつ、できあがったヤツから順番に投入。
  4. カレールー(コレもうちは買い置きの業務用のパウダー)を控えめに投入。
  5. ミディトマト3個を4つに割って投入。
  6. 赤ワインを投入。梅酒を投入。
  7. ジャガイモを投入してから15分後くらいでできあがり。とろみが足らないな〜もうチョイきつめの味でもいいな〜と思ったら、お好みでカレールーを足せばOK。

マイルド、とか、甘口、とはちょっと違うんですが、さっぱり系の後味がさわやかなカレーに仕上がりました。たぶん目についた梅酒を投入したのが勝因だとおもうのです、今日のカレーは……いれたのはチョーヤさんの黒糖梅酒。割とどこにでも売っているポピュラーな、あれ。あと1食分くらいあるのでお夕飯にまたカレーを食べて、お鍋の焦げ具合と応相談でその処遇を考えます。
| 徒然 | 15:53 | - | - | pookmark |
『アイズ・ワイド・シャット』が観たい成人式のゆうべ。

いえ、親族内にすら新成人はおらんですけれども。よくんがえたら今日は成人式だったのですね。新成人のみなさまにあかるい未来が拓けますように。いろいろなことがそんなに簡単にポジティブに進まないとわかっていても、まあ、景気よく祈るだけなら、心意気をそうかかげるくらいなら、罰は当たるまい?


新年早々、図書館から9冊ばかり御本を借りてきました。ホントはゾンビとかモンスターとかデーモンとかあのあたりの事象について調べたかったんですけれども、気がついたらこんなラインナップに。何があったんだ? あたし。それから机の上がキタナイのは仕様なので気にしないでください。気にしたら負けです。

西尾維新さんの『化物語』は暮れの再放送でイッキに観たんですけれども、これがなかなか、どうして。実は西尾さんってちょっと苦手な印象があったのですが、『化物語』ならけっこうするっとあたしの内側にはいってくるんじゃね? と思って期待に胸膨らませて借りてきた次第です。早く読みたい早く読みたい早く読みたい。だけど、調べ物などなどの都合から『化物語』は最後にまわさざるをえない感じです。くやしい……。

| 徒然 | 17:09 | - | - | pookmark |
あけましておめでとうございます/寒中お見舞い申しあげます。

あけましておめでとうございます/寒中お見舞い申しあげます。本年も何卒よろしくお願い申しあげます。

しかし……それにしても、です。前回のポストからこっち、二か月近くあいてしまっていました。実は前のポストの直後ぶっ倒れちゃって2週間くらい絶対安静のドクターストップを喰らってしまい、まあ、あとは慣らし運転的に過ごしていたのですけれども、どうにもよろしくないですね。二か月ちかくあいちゃう、とかね。とりあえず、映画を観に行ったり本を読んだりはふつうにできるようになったので「さしあたり復活」くらいは言えるのでしょうが、はやく「ほんとうに復活」したい、です。

お年始からTMRさんの武道館ライブにいらしていたお友だちと表参道のエッグスシングスさんで女子会的なデートをしたり(パンケーキの上のありえないくらいの生クリームのタワー……)、翌日には映画を観にいったり(こっちはひとりで)していました。映画は渋谷のヒューマントラストさんの『恋の罪』『ロンドンブルバード』『ピザボーイ』『キック・アス』の個人的4本立て。園子温監督の映画はクセがあるので好き嫌いが話の内容以前に生理的にわかれる部分があると思うのですが、あたしはダメと言うほどではないです。うっわー……グロいなあ、とか思ったりはするけど、絵的に美しい部分は美しいし。それに、今までの園さんの監督作品と比較しても『恋の罪』はスキな部類でした。精神的にヌルッと来る部分が妙に純粋なんですよね、今回の園監督は。まっすぐすぎてオカシイ、みたいな人物は、なんていうか、好意に値します。好ましい。ちょっと他の作品を見返したくなったんですけれども、園監督映画なんてマニアックなもの、その辺のTSUTAYAにおいてあるのだろうか……。『ピザボーイ』はアホな映画を見たいときにオススメ、です。『キック・アス』はヒロインちゃんが可愛かった。

で、きのうは習志野自衛隊の降下訓練初めを見物にいってきました。



こんなんを見に行ったわけですが、正直に言う、あたしンちからは通年でこういうものが見えています。演習場至近なので。ただ、中まではいれるのは年に何回かあるオープンゲート的な日程内に限られるから近場で見られるのはやっぱりあんましない。なので、無理やり日程を合わせるようなことはさすがに致しませんけれども都合がつけば見に行くのですね。コンパクトデジカメでこれくらいのお写真が撮影できるくらいの至近距離で飛行してくれるのはやっぱりめずらしいし。



ヘリ/ヒコーキで人員物資を輸送するのがここの人たちのお仕事なんですけれども、もちろんパラシュートだけが輸送手段ではない、です。



わかります? こういうことなんですけれども――……。



人をね、直接ぶら下げて運んじゃうの。あとこんなのも。



これはちっさめですけれども、地対空砲とかジープとか戦車などの車両もこういうかんじでぶら下げて輸送しちゃいます。パラシュート降下ならヘリが巻き起こす風にあおられないですみますけれども、ヘリが離着陸できるくらい地面に接近すると視界がけむるくらいのすんごい暴風がふきあれます。



……ね?

基本的には降下訓練初めってのは出初め式的なものではありますけれどもやっぱり演習、なんです。人員や物資の輸送パフォーマンスがメインではあるんだけど、それはもちろん状況(戦況、と言ったらアウトなのでしょうか……?)に応じた輸送が求められるわけでフィールドでは模擬戦がくりひろげられています。その状況解説が逐次アナウンスされるのもマニア好みなところ。あたしなんかはそこまでディープな趣味をもっていないので聞き流し状態というたいへん申し訳ない感じの観客なのですけれども。



こういうお写真が撮れるとつい「戦争映画か!」ってつっこんじゃうのはもう致し方ない。

| 徒然 | 10:38 | - | - | pookmark |